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廃止から35年

 投稿者:NN  投稿日:2019年 3月17日(日)21時24分19秒
編集済
   3月17日は南薩線最終運行日から35年です。私達南薩線愛好会では、吹上砂丘荘・ふきあげ図書館にてミニ写真展、Nゲージ模型運転を行いました。ふきあげ図書館においては吹上歴史民俗資料館・地元のご協力も頂き当時の資料も展示頂きました。
 お陰様で天候にも恵まれ沢山の方にご来場頂き沢山のお話を伺うことが出来ました。
 3月17日はいわば命日です。廃止から35年を迎えた今年は日曜日。ものすごく大きい規模で数千人のご来場が有った訳ではありません。それでも「経験された方には思い出して頂く」「若くて南薩線を知らない方には知って頂く」事の重要性を再認識する経験となりました。ご来場頂いたみなさま、ありがとうございました。
 また南薩線沿線でイベントを行う際にはよろしくお願い致します。
 
 

18年前②

 投稿者:hvcc  投稿日:2019年 3月15日(金)20時33分27秒
   間もなく廃止から35年を迎えようとしています。
運行当時を知らない世代が増えると、歴史的な事実も希薄化していくのは避けられません。
全国の廃線を巡った人の話ですが、南薩線は遺構が多く残されているそうですから、社会教材などに有効活用されることを願っています。

 

18年前

 投稿者:hvcc  投稿日:2019年 3月 9日(土)19時49分25秒
   世間は何かと面倒。かつ、いい加減ですが、この掲示板は別世界の如く静かですね。
それはともかく、先日公開した画像は順不同につき、起点側から重複しない分を公開します。

 ちなみに、今回はあえて注釈を書き込みません。
疑問を解消したい方は、ぜひ書き込んで下さい。
沈黙は美徳ではありませんから、「このような考えもある…」という方も書き込むべきだと思います。


 

雑感です

 投稿者:hvcc  投稿日:2019年 3月 7日(木)20時44分9秒
編集済
   NNさんの書き込みにもあるように、間もなく廃止から35年、当時を知らない世代に語り継ぐ重要性を痛感しています。
下の画像は撮影したのが2001年春ですから、間もなく18年です。
※上から、阿多駅跡、津貫駅跡、枕崎付近の線路跡
既に加世田以北は跡地が売却され、転用されつつあった頃で、加世田以南でも、津貫は保育園に転用が決まっていました。

 上津貫駅跡を1日かけて草刈りした人も居り、金峰山を含め、案内板などの矛盾が露呈しています。
この掲示板が、半ば放置状態にあるのは如何なものでしょうか?!

フォロー2001

 

廃止から35年ですね

 投稿者:NN  投稿日:2019年 3月 7日(木)12時34分1秒
編集済
   啓蟄も過ぎました。随分暖かくなりましたが、掲示板は静かですね。
 1984年と言えばついこの間のように感じるのは、はて還暦を過ぎたからか?
 来る3月17日は南薩線最終運行日から丁度35年です。私が所属します南薩線愛好会では、南薩線が長く語り継がれることを目指し吹上砂丘荘とふきあげ図書館にてミニ写真展・Nゲージ鉄道模型運転を行います。合わせてふきあげ図書館では吹上歴史民俗資料館のご協力も頂き、収蔵品の展示と関連図書の展示もしていただいております。3月17日10~15時開催です。あの日さよなら列車に手を振った方も、南薩線をご存じない方も、お近くの方は是非お越しください。こんなことがあった、あんな事もあったとお話が盛り上がればと思います。沢山の方のお越しをお待ちしております。
 

南薩線跡訪問 2019早春 その2 

 投稿者:hvcc  投稿日:2019年 2月14日(木)07時29分39秒
  第2回は万之瀬川河畔から、上日置界隈、伊集院の手前までをリポートします。


 加世田の市街地を抜け、万之瀬川を渡り、阿多側の河岸に立ち寄った。
対岸を遠望すると、河岸に残っていた橋脚は撤去されたように見える。
画像①、重機が居る辺りであるが、目の錯覚であることを願わずにはいられなかった。

 阿多から広域農道を走り、薩摩湖を過ぎて国道に出て、日置から県道に入り、住吉小学校の手前に立ち寄る。
大川の対岸に橋台が残っている個所の近くに土砂が盛られており、気になって確認したが、どうやら線路跡よりは少し北側のようだ。
画像②の左手に黄色っぽい土砂が見えるが、橋台を含む線路跡(築堤)は右手の竹藪+ジャングルに覆われている。

 天気も良いので、旧住吉小学校の先から上日置まで歩くことにした。
人家のある所は車も出入りして未舗装路のようだが、人家が途切れると良い雰囲気の線路跡になる。
少し先は竹や木が茂り、うっそうとした線路跡を歩いていると、脇に電信柱も残っていた。
上日置は待避線の草も刈られており、古レールを確認する。
駅の無人化で待避線が使用停止となって間もなく48年、雨風に耐えたレールも腐食が目立つ。
ホームには日置の駅名板があることは以前にもご紹介したが、資料館等で末永く保存されることを切に望む。

 伊集院方面に移動して、大田地区の鉄橋を確認した。
冬枯れの時期でも見え辛いのは付近の木が成長しているからであるが、桁の錆も進んでいるようだ。
線路跡を初めて歩いた23年前、赤味を残した桁の上には枕木が揃って並んでいた。
このような現実を見ると、時の流れを感じざるを得ない。


 2019早春の訪問リポートはこれにて終わりです。
ご覧いただき、ありがとうございました。

画像説明(上から)
①万之瀬川河岸の工事個所(伊集院寄りを背にして撮影)
②県道の対岸に築堤と橋台が残る(伊集院寄りを背にして撮影)
③草の刈られた線路跡(加世田寄りを背にして撮影)
④線路跡の脇には電信柱も残る(伊集院寄りを背にして撮影)
⑤待避線跡に残るレール(伊集院寄りを背にして撮影)
⑥見え辛い鉄橋(画面左が伊集院寄り)

 

南薩線跡訪問 2019早春 その1 

 投稿者:hvcc  投稿日:2019年 2月 8日(金)07時46分35秒
   南薩を訪問して来ました。
2回に分けてご紹介したいと思います。
今回も例の如く慌ただしく巡ったため、断片的となることをお許し下さい。
第1回は上津貫をリポートします。



 立春を迎え、南薩も春の気配が感じられる。
時間的な余裕は無いが、seleneさんが刈り込んだ上津貫を外す訳にはいかず、真っ先に訪れた。
上津貫駅跡は道路から入った直ぐ先に土砂が入れられているので、ホームが露出していると思わない人も居るだろう。※画像①
案内板を先に読めばなおさらだ。

 ホームの端付近に行き、seleneさんの奮闘の成果を実感した。
この時期、草は枯れているものの、笹竹は勢いが少し鈍った程度であるから、seleneさんも苦労したことであろう。
最後まで運行に使用された線路跡が露出し、ホームの縁も見え易くなっており、スロープ部分も分かり易くなった。
「百聞は一見にしかず」、みなさんも可能であれば、ぜひ現地で直接確認して欲しい。

 加世田寄りに土砂が入れられ、前述したように道路から入って直ぐだと分かり難いが、ホームの大半は埋もれていない。
公費で設置した案内板である以上、より正確な記述にするのは当然であろう。
関係箇所の適切な対応と、再発防止の徹底を望むところだ。


画像説明(上から)
①上津貫駅跡(加世田寄りを背にして撮影)影)
②駅前商店(画面左が加世田寄り)
③露出した線路跡(加世田寄りを背にして撮影)
④ホームのスロープ付近(加世田寄りを背にして撮影)影)
⑤露出した線路跡(枕崎寄りを背にして撮影)
⑥ホーム端付近(枕崎寄りを背にして撮影)


 

立春の南薩

 投稿者:NN  投稿日:2019年 2月 6日(水)22時49分33秒
   皆様お疲れ様です。
 立春が近かったとは言えseleneさん、藪刈り大変でしたね。seleneさんの事ですから刈った笹竹の断面も斜めのままではなく怪我をしないように平らにされたのでしょう? そうして上津貫のホームが見えましたね。良かったです。
 さて、先の休みに「ガタゴトン 思い出の南薩線展示会」展示を終えました。お陰様で沢山の方にご覧いただきありがとうございます。この場をお借りしてお礼申し上げます。さらに、多くの方がノートに思い出を書き込みくださいました。その思い出やご意見も、今後の活動の中で生かすことが出来ればと思います。
 なお、書き込み頂いた内容は南薩線愛好会ブログに転記しております。「南薩線愛好会 吹上砂丘荘 思い出の南薩線展示会」等で検索して頂くと出て来るかと存じます。
 お陰様で沢山の方にご覧いただき、当時を懐かしんでいただきました。これからも地域のために走り続けた南薩線の事を伝えるべく動きたく思います。
 次は、来る3月17日、35年前の廃止(最終運行)記念日に何か出来ないだろうかと模索中です。その節はまたご案内させて頂きますので皆様、そして待合室管理人様、よろしくお願いします。
 

(無題)

 投稿者:hvcc  投稿日:2019年 1月19日(土)07時03分37秒
   seleneさん、藪刈りお疲れ様でした。
最後まで使用された側(国道寄り)の線路跡は全く埋もれていない事が改めて立証された訳ですね。
ホームが完全に残っている個所として、上日置が最大の遺構でしょう。
加世田寄りの一部に土砂が入っていますが、大部分は露出しており、上津貫も貴重な遺構だと思います。
公費で設置した案内板の表記、果たしてこれで良いのでしょうか?!
 

藪漕ぎワンダーランドへようこそ ~第53話 スポット参戦~

 投稿者:selene  投稿日:2019年 1月18日(金)01時13分52秒
編集済
  NN様 ご無沙汰しております。小川に転落しても蛇に咬まれても右腕が動けば藪を刈り取る所存です。
森田様 あまり社内の様子を写した写真は見たことがなかったので、興味深く拝見させて頂きました。


少し前に上津貫のことが話題になっておりましたので、上津貫駅跡のホームの状態を確認がてら藪を
刈り取ってきました。

到着直後、線路跡はどちら側も竹藪になってしまっていました。
以前、24話で少しだけホームを露出させたことがありましたが、今回は国道側の線路跡をほぼ
露出させるまで竹を刈り続けました。

ちなみに、ホームの上も5cm程度の土がかぶっているので、たったそれだけの土の上にも
局所的に竹が根を張って生育していましたが、このホームの上にあたる部分は
近所の方の散歩道になっているらしく、精力的に雑草を掃っているとのことで、それほど
竹だらけにはなっていませんでした。

線路跡の竹を刈った後にはしっかり枕木が確認でき、ホーム、枕木ともに見える形で
残っている数少ない遺構ということになります。

また線路跡を歩いて感じたのは、直径20cm、深さ10cmぐらいの穴が連続して土に空いている箇所があり、
その穴の手前(もしくは奥)は必ず枕木が残っているのです。なんとも不思議な自然現象です。

その他、加世田寄りに2本、枕崎寄りに1本電柱の残骸が打ち捨てられていました。


今回は時間があまりなく、この場所のみとなってしまいましたのでまた近い未来、他所の藪にも挑んで
いきたいと思います。


(1枚目)
No.:M1903-01
名称:伐採前
緯度経度:31°20'35.53,130°16'22.38
撮影方向:202°
到達難易度:2
最終訪問:2019年1月13日
コメント:今回の相手は向かって右の竹群

(2枚目)
No.:M1903-02
名称:伐採後
緯度経度:31°20'35.04,130°16'22.12
撮影方向:203°
到達難易度:2
最終訪問:2019年1月13日
コメント:ちょっと判りにくいですね


(3枚目)
No.:M1903-03
名称:刈り取り途中を枕崎側から撮影
緯度経度:31°20'33.71,130°16'21.80
撮影方向:2°
到達難易度:2
最終訪問:2019年1月13日
コメント:手前に捨てられた電柱が見えます。


(4枚目)
No.:M1903-04
名称:ホームと枕木
緯度経度:31°20'35.07,130°16'21.91
撮影方向:200°
到達難易度:2
最終訪問:2019年1月13日
コメント:竹の猛攻に耐え抜いてようやくお天道様を仰ぎます。


(5枚目)
No.:M1903-05
名称:アップで撮影
緯度経度:31°20'35.06,130°16'21.94
撮影方向:-
到達難易度:2
最終訪問:2019年1月13日
コメント:まあまあ綺麗に残っていますね。


(6枚目)
No.:M1903-06
名称:崩落寸前
緯度経度:31°20'35.53,130°16'22.38
撮影方向:146°
到達難易度:2
最終訪問:2019年1月13日
コメント:上津貫と言えばこのたばこマーク

 

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