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南薩線跡訪問 2018春 その2 

 投稿者:hvcc  投稿日:2018年 5月27日(日)04時45分19秒
  第2回は枕崎を出て、金山までをリポートします。


 市街地を線路跡に付かず離れずといった感じで移動する。
衣料品量販店付近には、住宅に接して路盤の砂利が露出している箇所もあった。
ボロボロに錆びた犬釘が時の経過を伝えている。
この辺りを初めて歩いた頃、線路跡の大部分は片側の犬釘を抜いてレールを撤去しただけの状態であった。
その後、市街地では宅地転用された区間も多いが、未だに手付かずの場所も散見される。

 鹿籠手前の踏切跡に立ち寄ると、草が猛威を振るい始めていた。
ここは国道から見え難いこともあり、南薩線の遺構があると気付く人は稀有であろう。
鹿籠を過ぎ、用水路に短い桁が架かっていた場所に立ち寄る。
桁も撤去されて久しいが、隣接する線路跡(枕崎寄り)は売りに出されたものの、未だ購入希望者は現れていないようだ。
用水路を挟んで加世田寄りに続く築堤、ここも草が猛威を振るい始めている。

 集落を見下ろす箇所には、かつて古レールを使った跨線橋があった。
加世田寄りの切り取りが埋められ、跨線橋が撤去されて久しい。
当初は切り取りを埋めた箇所に花や木を植えていたが、数年後に止めてしまい、現在ではジャングル状態だ。

 国道に出て、金山方面へと向かう。
金山の手前、花渡川河岸の鉄橋跡に行こうと思ったが、線路跡が草に覆われていたので断念。
跨線橋から見下ろした金山駅跡は、以前にも増して自然回帰が進んでいた。

画像説明(上から)
①住宅に接する線路跡(枕崎寄りを背にして撮影)
②錆びた犬釘
③鹿籠付近の踏切跡(加世田寄りを背にして撮影)
④用水路に残る橋台(画面の右が枕崎寄り)
⑤線路跡が畑や住宅に変じた集落(加世田寄りを背にして撮影)
⑥金山駅跡(加世田寄りを背にして撮影)

 
 

南薩線跡訪問 2018春 その1 

 投稿者:hvcc  投稿日:2018年 5月23日(水)06時08分10秒
   南薩を訪問して来ましたので、数回に分けてご紹介したいと思います。
今回は日帰りにつき、普段以上に駆け足となることをお許し下さい。
第1回は枕崎界隈をリポートします。


 枕崎まで移動し、北上する形で探索開始。
最初に訪れたのはJR枕崎駅の正面に位置する福祉施設で、モニュメント的な展示は好感が持てる。
ケース内に鉄道用具などの資料を展示してあるが、紫外線によると思われる劣化が見られたのは残念だ。

 JR枕崎駅に立ち寄ると、午前中の列車が出た後であった。
同駅は本土最南端の始発・終着駅、最北端の稚内からは実に3099.5kmだとか。
現在の駅舎は地元が設置したもので、かつての駅舎からすれば規模も小さいが、地域の意気込みが伝わる。

 スーパーの北側、踏切が残っていた個所に移動すると、既に道路工事は終わっていた。
加世田方向に向かって線路跡に沿う右側の道路が交差点に直結、左側は歩行者や自転車しか通れなくなっている。
市街地、それも昼間は車が頻繁に行き来する場所に廃止から30年以上も遺構が残されていたことは記憶に留めたい。

画像説明(上から)
①屋外に展示された鉄道用具類
②枕木の一部にも痛みが目立つ
③JR枕崎駅
④列車が来ない時は閑散としたホーム
⑤痕跡が消滅した踏切跡(旧枕崎駅舎寄りを背にして撮影)
⑥整備され交差点らしくなった(加世田寄りを背にして撮影)

 

貴重な体験談に感謝

 投稿者:hvcc  投稿日:2018年 5月18日(金)21時18分3秒
  かつおビンタさん、懐かしい貴重な体験談をお教えいただき、ありがとうございます。
 

懐かしの南薩鉄道

 投稿者:かつおビンタ  投稿日:2018年 5月15日(火)14時03分3秒
  高校時代、南薩線で通学していました。GW前後の今頃・・・、朝、駅に行くと「スト決行中!」の貼り紙と赤旗。昔の南鉄さんでは賃上げ要求の「春闘ストライキ」が恒例行事でした。こちらは、大っぴらに学校を休めるので喜んだものですが、「親の心、子知らず・・・」その何か月後には、運賃改定で定期代が値上げになりました。運賃収入が主な財源ですから当然ですね。そんな経済の仕組みを理解出来たのは、就職して何年か経ってからでした。  

よろしくお願いします

 投稿者:待合室管理人  投稿日:2018年 1月 4日(木)17時14分47秒
  hvccさん、今年もよろしくお願いします。
ひとつひとつが貴重な遺構ですね。
 

謹賀新年

 投稿者:hvcc  投稿日:2018年 1月 1日(月)07時18分36秒
編集済
  本年もよろしくお願いします。

※画像 北多夫施駅跡(画面右が加世田寄り)

 

ありがとうございました

 投稿者:待合室管理人  投稿日:2017年12月22日(金)17時58分1秒
編集済
  Hvccさん、7回に渡るリポートありがとうございました。
枕崎へ行く楽しみが一つ減ってしまいました。子どもの頃、鹿児島から商品を運ぶために父が運転する車で何度か通った踏切です。その頃に比べると枕崎の町も寂しくなりました。ひとつ、またひとつと、南薩線の痕跡が失われていきますね。
今年もお世話になりました。どうぞ、よい年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。
 

南薩線跡訪問 2017晩秋 その7 

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年12月17日(日)18時10分4秒
  第7回は上日置から伊集院までをリポートします。


 県道に出て住吉小学校の横を抜け、少し先の上日置駅跡に立ち寄る。
道路沿いに置かれた真新しい案内看板が目を引く。
この種案内看板、さほど興味の無い人でも「何だろう?!」と思うはず。
雨に濡れる上日置駅跡、ホーム上には猪が悪さしたような痕跡も見られた。

 大田地区へと移動し、コンクリート橋を確認する。
構造的には堅牢な工事であろうが、コンクリートも劣化するので、耐震云々を考えたら「撤去せよ」という声も出るだろう。
その先、旧沿線で唯一残る鉄橋の桁(他に残っている桁は開渠)も草で見難くなっていた。

 伊集院に到着。
駅前の工事は継続中で、島津義弘の像が少し動いていた。
地元紙によると、交差点の位置変更に伴う工事で約22m移動したのだとか。
南薩線や貨物線跡地などを転用した広大な駐車場とともに、伊集院駅前も生まれ変わろうとしている。


 これで2017晩秋の訪問リポートは終わりです。
ご覧いただき、ありがとうございました。

画像説明(上から)
①県道の案内看板(加世田寄りを背にして撮影)
②上日置駅跡(加世田寄りを背にして撮影)
③コンクリート橋(画面右が伊集院寄り)
④草で見辛い鉄橋の桁(画面左が伊集院寄り)
⑤伊集院駅前(画面左が加世田寄り)
⑥痕跡が消えた旧駅舎部分を望む(加世田寄りを背にして撮影)

 

南薩線跡訪問 2017晩秋 その6 

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年12月14日(木)20時56分43秒
  第6回は吉利、日置から上日置の途中までをリポートします。


 国道に出てトイレ休憩を兼ね、永吉川河畔の物産館に立ち寄る。
橋脚や河岸の橋台など、特に変わっていない。
引き続き吉利駅跡に立ち寄ると、駅前商店は開いていた。
気になったのが駅跡の案内板だが、こちらは状態に関してである。
表面のコーティングが剥離したのだろうか、何れにせよ補修して欲しい。

 雨であったが日置駅跡の加世田寄り、瓦工場の煙突を望む低い築堤に行ってみた。
晩秋の線路跡、個人的には好きな景色だ。
駅跡の端に移設された給水塔の土台部分には案内板が欲しい。
「旧日置駅跡・開業~廃止年月日、蒸気機関車に水を補給した給水塔の下周り部分」程度の簡潔な内容で充分と思う。

 かつての駅前通りを抜けて、定番の「たのかんさー」に立ち寄る。
周囲の田圃は耕されておらず、南薩エリアでも微妙に異なるようだ。
線路沿いに進み、山腹に大規模太陽光発電施設が置かれた少し先、用水路に架かる桁は草で少し見辛くなっていた。

画像説明(上から)
①吉利の駅前商店(画面右が伊集院寄り)
②吉利駅跡の案内板(画面右が伊集院寄り)
③カーブを描く低い築堤(伊集院寄りを背にして撮影)
④日置駅跡(加世田寄りを背にして撮影)
⑤たのかんさー(画面左が伊集院寄り)
⑥用水路に架かる桁(画面左が伊集院寄り)

 

南薩線跡訪問 2017晩秋 その5 

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年12月11日(月)21時19分50秒
  第5回は広域農道を経て、薩摩湖までをリポートします。


 阿多を通過して、広域農道に入る。
少し行くと、右手に遊具のような物が見えた。
確かこの辺りはコスモスを植えていたから、秋の来訪者向けに置いたのではないかと想像する。

 南多夫施駅跡に立ち寄ると、駅跡の端付近に工事詰所が設けられ、重機が置かれていた。
駅跡地の工事ではなく、空地を有効活用しているようだ。
案内板が設けられたことは以前にも紹介したが、今回気付いた点がある。
一般的な呼称「金峰山」が、国土地理院の表記云々と但し書きして「金峯山」となっていた。
案内板に地図を出すのならそれで良いが、文章だけならば一般的な記述とするのがベターであろう。

 彼方に金峰山を望む定番の個所に立ち寄ると、周囲の田圃が耕されていた。
この地区の産業祭が催されていると聞き、少しコースを外れて訪問する。
国道沿いにある物産館、その裏手にある「南さつま市歴史交流館 金峰」などを会場に多くの店が立ち並び、なかなかの盛況であった。

 再び広域農道に戻り、北多夫施駅跡に立ち寄る。
こちらの案内板も南多夫施と同様だが、重複は避けよう。
車は頻繁に通るものの、人の気配は皆無だ。

 広域農道の終点近く、伊作川河畔に残る築堤も草に覆われていた。
引き続き伊作駅跡に立ち寄るが、さしたる変化も感じられず、線路跡に沿う形で薩摩湖へと向かう。
薩摩湖は観光開発で賑わった時期もあると聞くが、現在は閑散としており、まさに「夢の跡」という風情だ。

画像説明(上から)
①畑の中に置かれた遊具類(画面右が加世田寄り)
②南多夫施駅跡(加世田寄りを背にして撮影)
③耕された田圃(画面右が加世田寄り)
④北多夫施駅跡(伊集院寄りを背にして撮影)
⑤河畔に残る築堤(加世田寄りを背にして撮影)
⑥薩摩湖(画面右が加世田寄り)

 

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