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南薩線跡訪問 2017年春から初夏 その1

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 5月26日(金)06時18分2秒
   先月に引き続き、南薩へ出向きました。
駆け足ではありますが、季節の移ろいなどを中心に、ご紹介したいと思います。


第1回は北多夫施と枕崎界隈をリポートします。


 正確に言うと40日ぶりだが、山々の緑も濃くなっている。
北多夫施駅跡に隣接する芋畑越しに見る金峰山、心和む景色だと思う。
定番の個所では田圃の稲も延びていたが、何故か水の引いた状態であった。

 一気に枕崎まで移動し、駅跡の周辺を探索する。
踏切跡付近の工事は進んでいなかったが、心配なことに変わりない。
少し歩いて、越脇橋付近から枕崎駅跡方面を望む。
線路跡地に建てられた住宅に遮られ、見通しが悪くなって久しい。

 越脇橋のプレートは「鹿児島交通線」だが、金山のそれは「私鉄鹿児島交通線」と、少し異なる。
さらに北上した吹上浜近くの跨線橋は「吹上浜停車場線」と、前述のふたつとは大きく異なるのが興味をそそる。
南薩線に関しては集大成とも言える「RMライブラリー(上下巻)」にも、その辺りの記述は見当たらない。

 線路跡を埋め立てた場所の終端から先、距離にして100m弱であるが、原風景が残っている。
廃止の前年6月に水害で列車の運行は止まってしまい、加世田からの列車が途絶えて間もなく34年。
今年も既に草や笹竹に蹂躙され始めた僅かな距離の線路跡、果たして今後どうなるのであろうか。

画像説明(上から)
①北多夫施駅跡に隣接する芋畑(画面の右が加世田寄り)
②水田、そして線路跡、彼方に金峰山を望む(画面の右が加世田寄り)
③踏切跡(枕崎駅跡を背にして撮影)
④越脇橋付近から枕崎駅跡方面を望む(加世田寄りを背にして撮影)
⑤越脇橋のプレート(画面の右が加世田寄り)
⑥草や笹竹の生い茂る線路跡(枕崎寄りを背にして撮影)

 
 

南薩線跡訪問 2017年春・補足編 その2

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 4月15日(土)19時42分0秒
  第2回は万之瀬川河畔~万世線跡をリポートします。


 国道橋を渡り、工事個所に立ち寄る。
市道を通行止めにしてのポンプ場建設工事で、期間は今年11月までと表示されていた。
桁が取り去られた用水路の橋台も、どうやら伊集院寄りは埋め立てられるようだ。
万之瀬川橋梁の橋台も土砂が入れられ、壊されないまでも埋もれてしまう。
河岸の橋脚はどうなっているかと心配だったが、こちらは何とか残りそうでひと安心。

 工事用の道路として活用されている線路跡は僅かで、土砂が盛られて(仮置?)いる個所から先は変わらぬ風景が見られる。
加世田から薩摩万世に向けての線路跡は自転車道として整備されたが、合併前に桜が植えられた。
年月を経て桜も成長しているが、今年は開花が遅いそうだ。
実際、線路跡の両側にある桜は5分咲き程度に思えた。


今回はこれにて終了、ご覧頂きありがとうございました。

画像説明(上から)
①ポンプ場建設の工事個所(画面の左が加世田寄り)
②土砂が入れられた右側の橋台(画面の左が加世田寄り)
③この位置から対岸の橋台は見えない(加世田寄りを背にして撮影)
④河岸に残る橋脚(画面の左が加世田寄り)
⑤変わらない線路跡(伊集院寄りを背にして撮影)
⑥万世線跡(加世田寄りを背にして撮影)

 

南薩線跡訪問 2017年春・補足編 その1

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 4月13日(木)06時48分19秒
   先月に引き続き、加世田に出向きました。
今回は単純に往復したに過ぎませんが、季節の移ろいなどをご紹介したいと思います。


第1回は日置と吉利の中間辺り~万之瀬川河畔をリポートします。


 南薩にも本格的な春が来ていると思いきや、今年は桜の開花が遅いのだとか。
他所もそうだから、3月が寒かった影響であろう。
日置を過ぎて直ぐ、国道を外れて田畑の中に立ち寄る。
雨模様で、彼方の城山は霞んでいた。
植えられた麦は青々として、田圃の稲とは違った光景だ。
吉利側は田圃も耕されておらず、南薩でも田植えの時期が微妙に異なる。

 薩摩湖を過ぎ、伊作をスローして伊作川河畔に立ち寄った。
こちらは田植えも終わっており、「南薩線跡訪問 2017年春 その4(3月25日投稿分)」の画像②と比較して欲しい。
僅か1ヶ月で、草が芽吹き始めたことがお分かりいただけよう。

 広域農道に入るが、最速ルートとして通行量も多い。
北多夫施駅跡には新たに案内板が設置されていた。
阿多や加世田に置かれたそれと同じ様式で、アイキャッチとしては弱いと感じる。
永吉や吉利のそれは片面が「記念写真を撮ろう」という気にさせるデザインなのだが…。

 定番の個所は田植えも終わっていたが、彼方の金峰山は雲を被っていた。
阿多から線路跡(本線部分)を転用した道路を走る。
万之瀬川河畔から加世田側を見ると、先月短い桁が撤去された辺りに重機が見えていた。

画像説明(上から)
①麦畑の向こうが線路跡(加世田寄りを背にして撮影)
②未だ耕されていない田圃と線路跡(伊集院寄りを背にして撮影)
③水田と築堤(加世田寄りを背にして撮影)
④北多夫施駅跡の案内板(加世田寄りを背にして撮影)
⑤彼方に金峰残を望む線路跡(画面の右が加世田寄り)
⑥対岸から見た工事個所(伊集院寄りを背にして撮影)

 

南薩線跡訪問 2017年春 その5

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 3月28日(火)06時59分57秒
  第5回は上日置~伊集院をリポートします。
今回で終了、ご覧頂きありがとうございました。


 県道に出て、上日置駅跡に立ち寄る。
工事詰所が設けられ、重機も置かれているが、付近の工事用だ。
退避線の路盤にも草が生え始めており、春が本格化するにつれて丈も伸びることだろう。
画像②はRMライブラリー(No.108)の表紙に近いアングルを狙った。
樹木の大きさが時の経過を感じさせる。

 山道を抜け、毘沙門天近く、昨年夏に土砂崩れのあった個所に立ち寄った。
復旧されてはいるが、土壌の関係もあり、再び起きる可能性も否定できない。
伊集院の駅前工事も終盤のようだが、年度内に終わるのだろうか。
かつて南薩線が発着した線路、貨車が押し込まれていた線路は駐車場に変じている。
南薩線の痕跡は神之川河畔の築堤や橋台などに過ぎない。

画像説明(上から)
①上日置駅跡(伊集院寄りを背にして撮影)
②待避線から本線側を望む(伊集院寄りを背にして撮影)
③待避線に残る電柱(伊集院寄りを背にして撮影)
④毘沙門天付近の線路跡(伊集院寄りを背にして撮影)
⑤伊集院駅前バスロータリーの工事個所
⑥駐車場に変じて痕跡も消失

 

南薩線跡訪問 2017年春 その4

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 3月25日(土)19時13分17秒
  seleneさん、ニアミスだったようですね。
ご紹介の場所、草に覆われている個所で、危機一髪というのも頷けます。

第4回は定番の個所~日置の先までをリポートします。


 広域農道から逸れ、金峰山を望む定番の個所に立ち寄る。
田圃も耕されており、これから水を張り、田植えが始まるであろう。
引き続き、伊作川河畔の築堤を観察する。
こちらも田圃が耕されており、築堤は草が生え揃っていない。

 薩摩湖に立ち寄り、トイレ休憩。
画像③は薩摩湖付近だが、左の雑誌写真はRMライブラリー(No108)のP25だ。
誌面写真はもう少し後方(伊集院寄り)で撮影されたものと想像する。
キャプションが気になり、現地を確認した次第。

 時間も押してきたので日置を通過、「たのかんさー」に慌ただしく立ち寄る。
そこから先、線路跡に沿って進むと、太陽光発電施設の先、線路跡は野焼きされていた。
脇の用水路に架かる桁も、載っている枕木の5本中2本は朽ち果てようとしている。

画像説明(上から)
①彼方に金峰残を望む線路跡(画面の右が加世田寄り)
②耕された田圃と築堤(加世田寄りを背にして撮影)
③薩摩湖付近(伊集院寄りを背にして撮影)
④たのかんさー(画面の左が伊集院寄り)
⑤野焼きされた線路跡(伊集院寄りを背にして撮影)
⑥用水路に架かる桁(画面の右が伊集院寄り)

 

藪漕ぎワンダーランドへようこそ ~第52話 消えゆく桁あれば、眠りから覚める桁もあり~

 投稿者:selene  投稿日:2017年 3月25日(土)03時40分30秒
  すっかり不定期発行となった藪漕ぎワンダーランドです。
今回偶然にもhvccさんと同じ週末に巡っておりましたが、現地でお会いすることはありませんでした。

その今回の訪問での私の成果は乏しいものばかりでしたが、丁度hvccさんが万之瀬川河畔にあるお馴染みの桁が
撤去されようとしていることを紹介されていましたので、私は普段あまり日の目を見ないであろう桁と橋台が
眠りから覚めてしまったことを紹介しようと思います。

場所は金山~鹿籠であり、hvccさんが今回第1回で紹介された桁よりさらに鹿籠寄りになります。

いつもの如く藪を漕いでいたところ、まさかそこに用水路があるとは判らないぐらい草むらに覆われていた場所を
踏んでしまい段差に足を取られそうになりました。
ちょうど橋台の上段から下段に片足だけ降りたような感じになったといえば理解頂けるでしょうか。

その草むらの下には桁が比較的状態も良く残っていたのですが、さすがに枕木は朽ちており、
もう1歩大きく強く踏み込んでいたら枕木と枕木の間から用水路に落下していたところでした。
危ないところでした。

この桁を覆う草をはらい桁を露出させましたので今回は少し露出の過程を見て頂こうと思います。

1枚目は20%ぐらい露出。2枚目は50%ぐらい露出。3枚目は90%ぐらい露出したところです。

4枚目の写真の斜め横から写してみました。
5,6枚目は枕を固定する部品がかろうじて残っていた部分をクローズアップしてみました。



(1~6枚目)
No.:M216901~06
名称:桁と橋台
緯度経度:31°17'49.69,130°17'00.59
撮影方向:136°(金山→鹿籠の方向)
到達難易度:4
最終訪問:2017年3月12日
コメント:この区間は遺構もまだ結構残っています。



 

南薩線跡訪問 2017年春 その3

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 3月21日(火)20時33分55秒
  第3回は万之瀬川河畔~南多夫施をリポートします。



 旧製パン工場の横を抜け、万之瀬川河畔に向かう。
前回は工事中で、どうしても気になった次第。
線路跡に土砂が盛られており、その上から万之瀬川方向を眺めるも、さして変化は感じない。
しかし、万之瀬川に向かって歩いていくと、見たくない光景が拡がっていた。

 長い間使用され、廃止後もその姿を保っていた短い桁が撤去されているではないか。
橋台はそのままであり、今後の工事も気になるが、桁は何処かと探したところ、近くに置いてあった。
桁の痛みが酷いのは海に近いことが影響していると思われる。
河岸の橋脚は健在なのが嬉しい。

 国道に出て阿多からは広域農道に入る。
途中の南多夫施駅跡に立ち寄った。
さしたる変化は見られなかったが、旧農協倉庫は豚舎としての利用を止めたようだ。

画像説明(上から)
①工事のため更地にされた線路跡(加世田寄りを背にして撮影)
②桁が撤去されて橋台だけが残る(画面の左が加世田寄り)
③外された桁(伊集院寄りを背にして撮影)
④万之瀬川河岸に残る橋脚(加世田寄りを背にして撮影)
⑤南多夫施駅跡に残るホームの一部(伊集院寄りを背にして撮影)
⑥変わらぬ姿を見せる農協倉庫(加世田寄りを背にして撮影)

 

南薩線跡訪問 2017年春 その2

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 3月17日(金)06時50分45秒
   本日3/17は南薩線の最終運行日(1984年)です。
運行に携わった人の多くは死去されたり、高齢化していると聞きました。
利用した人も同様で、記憶は年々薄れていくでしょう。
資料などの常設展示を行うことは、地域の歴史を語り継ぐ大前提と考えます。
住民や行政サイドにも、前向きな検討・主体的な取り組みをお願いしたいところです。

第2回は津貫~加世田をリポートします。



 国道を津貫へと向かう。
石積みの倉庫付近、保育園に接して、臨時駐車場の看板が目を引く。
本坊酒造は昨年からウイスキーの醸造を始めて、観光客誘致に乗り出した。
工場入口付近に酒樽が置かれ、短いレールは引込線で使われてきた現物で、こちらは以前から展示されていた。
昨年、関連工事で地面を掘り起こしたところ、引込線のレール(展示されている物とは別)が出てきたのだとか。
上日置の退避線と同じく、本線以外ではあるが、貴重な遺構に変わりない。

 国道を北上し、内山田の先、国道と並行する個所に立ち寄る。
ここも菜の花が咲き誇り、春を感じた。
用水路の桁は鹿籠~金山で見たそれよりも、少し錆が進行している。
昨年植えられた桜の幼木は未だ細く、見栄えが良くなるには10年はかかるであろう。
初日の探索はこれにて終わり、翌日はさらに駆け足で加世田以北を巡る。

 加世田駅跡に立ち寄ると、バスロータリーの保存車両が目を引く。
塗料の関係か艶消し状態となったDD1201、一方で4号機は艶を保っている。
どちらかといえば、蒸機の方が艶消しであるべきと思うのだが…。
鉄道記念館前にC12の動輪が置いてある。
簡単で良いから説明板でも欲しいと思う。

画像説明(上から)
①津貫に残る石積みの倉庫(枕崎寄りを背にして撮影)
②工場前のモニュメント(枕崎寄りを背にして撮影)
③少し先に残る原風(画面の右が加世田寄り)
④桜の幼木、そして菜の花が咲く(枕崎寄りを背にして撮影)
⑤古いベンチとDD1201
⑥C12の動輪

 

南薩線跡訪問 2017年春 その1

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 3月15日(水)06時26分15秒
   前回の訪問から1ヶ月半、短時間でしたが線路跡を訪問して来ました。
例によって駆け足の探索ですが、順次ご紹介したいと思います。


第1回は枕崎、鹿籠~金山をリポートします。


 南薩は好天で、少し暖かい風が吹いており、1月半ばからの寒さも緩み、暦通りという言葉が適当なのかも知れない。
今回も時間が限られており、ポイントを足早に巡ることにして、枕崎からスタートする。
踏切跡付近の工事も一段落したのか、工事を知らせる看板等は見当たらない。
ただし、カラーコーンやトラロープはそのままなので、工事は新年度から再開されるのであろう。

 久々となるが、鹿籠までの途中に残る線路跡に立ち寄る。
大型衣料店付近は線路跡が舗装され、興味の無い人には線路跡と分からないであろう。
加世田寄りに少し行くと、道床もそのまま、菜の花が咲く線路跡が出現する。
前述の大型衣料店を挟んだ反対側、つまり枕崎寄りだが、僅かな線路跡の向こうには住宅が立ち、市街地であることを実感。
とは言うものの、その昔、この界隈は田畑が広がっていたという。
RMライブラリー下巻P46~47の写真がまさにそれで、約60年の歳月は風景を変えてしまった。

 国道に出て、貨車の台枠を探索した個所の近くへ行く。
といっても台枠ではなく、少し枕崎寄りにある短い桁を確認するのが目的だ。
国道から入って直ぐの線路跡を横切ると畑になっており、地元の人が農作業をしていた。
200m位であろうか、線路跡の草が刈り取られている。、
短い桁は加世田寄りの用水路に架かっており、枕木は失われて桁だけが残る。
この桁、内陸部で潮風の影響を受けなかったのか、意外なほどに状態が良い。
間もなく廃止から33年だが、雨風に耐えた姿は健気に感じた。

画像説明(上から)
①菜の花が季節を感じさせる踏切跡(加世田寄りを背にして撮影)
②道路に転用された線路跡(枕崎寄りを背にして撮影)
③少し先に残る原風(枕崎駅跡を背にして撮影)
④画像②の反対(加世田寄りを背にして撮影)
⑤突き当りで国道をアンダークロスする線路跡(加世田寄りを背にして撮影)
⑥状態の良い桁が残る(枕崎寄りを背にして撮影)

 

ありがとうございました

 投稿者:待合室管理人  投稿日:2017年 2月26日(日)14時46分21秒
  HVCCさん、2017年初春のリポート、ありがとうございます。枕崎駅の踏切跡や伊集院駅など、大きな変化があり、貴重な記録となりました。線路跡で発見された車両の台枠も興味深いものでした。  

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