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暑中お見舞い申し上げます

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 7月31日(月)19時11分43秒
  遥か南薩に想いを馳せ…


 
 

ありがとうございました

 投稿者:待合室管理人  投稿日:2017年 6月11日(日)15時45分16秒
  hvccさん、「南薩線跡訪問2017年春から初夏」の4回に渡るリポートありがとうございました。線状に残っていた遺構も消失が続き、今回も万之瀬川近くの用水路の橋台のことをこのリポートを通して知ることができました。また、廃線後の季節ごとの風情を味わうことができ、感謝しております。  

南薩線跡訪問 2017年春から初夏 その4

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 6月10日(土)08時22分12秒
  第4回は日置付近から伊集院までをリポートします。
これにて終了です。
ご覧頂きありがとうございました。



 国道に出て永吉~吉利を通過し、日置駅跡近くの「たのかんさー」に立ち寄る。
この辺りも田植えが遅く、これからといったところ。
「たのかんさー」にお参りした後、線路跡を観察するが、既に草が蹂躙し始めていた。

 線路跡に沿って細い道を行くと、太陽光発電施設関連で姿を変えた線路跡より南側が切り拓かれている。
確か、この付近の線路跡は竹藪状態だったと記憶しているが、別の太陽光発電施設でも造るのだろうか。

 県道に出て、上日置駅跡に立ち寄る。
待避線も少しずつ草が蹂躙し始めており、季節の変化を感じた。
駅跡を外れると、両方向共に草が蹂躙している。

 伊集院に到着した。
駅前の工事も最終段階に入ったようだ。
構内の端まで歩いていくと、線路跡に自転車やバイクが置かれている。
以前も放置自転車等の仮保管場所になったことがあり、何れは撤去されるであろう。
かつて長大な優等列車が見られたホームも、現在は朝夕で4両、昼間は2両編成の電車が発着するに過ぎない。

画像説明(上から)
①「たのかんさー」近くの線路跡(加世田寄りを背にして撮影)
②切り拓かれた線路跡(伊集院寄りを背にして撮影)
③上日置駅跡(伊集院寄りを背にして撮影)
④築堤の先は藪状態(伊集院寄りを背にして撮影)
⑤放置自転車の仮置場となった線路跡(伊集院寄りを背にして撮影)
⑥かつて駅舎のあった辺りを望む

 

南薩線跡訪問 2017年春から初夏 その3

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 6月 3日(土)20時07分1秒
  第3回は万之瀬川河畔から薩摩湖付近までをリポートします。


 加世田バスターミナルの車両を横目で見て、万之瀬川河畔へと向かう。
工事個所では何やら地下タンクらしき物を造っているように見えた。
用水路の両岸にあった橋台は加世田寄りが残るのみ。
河岸の橋台は手付かずであるが、前述した用水路付近の変化が著しい。

 阿多から広域農道に入り、南多夫施駅跡に立ち寄る
北多夫施駅跡と同様、案内板が設けられていた。
一段高い土地に設置されており、道路端からだと少し見上げるような感じになる。
歩道も無いので、道路側にもう少し余裕が欲しいところだ。

 広域農道の終点近く、伊作川河畔に立ち寄る。
この場所も田植えが早かったので、苗の丈は20cmを超えていた。
築堤も草が蹂躙し始めており、田圃の畔も含め、足を踏み入れるのには躊躇する。

 薩摩湖近くの松林、ロープウエイの保護柵があった辺りを観察するが、こちらも草が蹂躙し始めている。
古レールを用いた保護策消失に気付いたのは2010年、この時期であった。
南鉄関連では、それより以前、知覧線の薩摩白川駅跡に置かれていた古レールも盗難に遭っている。
痕跡も残っておらず、「知る人ぞ知る」といったところか…。

画像説明(上から)
①片側が消失した橋台(画面の左が加世田寄り)
②工事個所(加世田寄りを背にして撮影)
③万之瀬川河岸に残る橋脚(加世田寄りを背にして撮影)
④南多夫施駅跡(加世田寄りを背にして撮影)
⑤田圃越しに築堤を望む(画面の左が加世田寄り)
⑥画面の中央付近に保護柵があった(伊集院寄りを背にして撮影)

 

南薩線跡訪問 2017年春から初夏 その2

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 5月29日(月)06時00分28秒
編集済
  第2回は鹿籠~金山から上内山田をリポートします。


 鹿籠の先、線路跡が遠望できる個所に立ち寄る。
集落を見下ろす高台は切り取り跡で、12年前に埋め立てられた。
眼下の線路跡、畑や宅地に転用されている。
しかし、それも僅かな区間で、彼方に見える花渡川沿いのように荒地の区間も目立つ。

 国道に出て北上し、薩摩久木野駅跡に立ち寄る。
付近の花渡川に至る築堤は草も刈り取られ、なかなか良い感じであった。
国道に沿う形だが、駅跡に案内板が設置されている。
付近は道路もカーブしており、「何かある!」と脇見して事故の要因にもなりかねず、設置はもう少し枕崎寄りが良いと思う。

 津貫まで移動する。
石積みの倉庫は今後の有効活用を期待したい。
保育園の庭には鯉のぼりが泳いでいた。
本坊家旧邸「寶常(ほうじょう)」を訪問し、短時間であったがコーヒーを飲みながら寛ぐ。

 上内山田駅跡に立ち寄ると、跡地を草が蹂躙し始めていた。
画像では少し分かり難いと思うが、突き当りの民家脇に鯉のぼりが泳いでいる。
工事等で土砂が必要ならば搬出して、ホームを露出させて欲しいところだ。

画像説明(上から)
①鹿籠方面を望む(加世田寄りを背にして撮影)
②薩摩久木野付近の線路跡(加世田寄りを背にして撮影)
③案内板が設置された薩摩久木野駅跡(枕崎寄りを背にして撮影)
④堂々たる石積みの倉庫(枕崎寄りを背にして撮影)
⑤保育園庭の転車台跡(枕崎寄りを背にして撮影)
⑥上内山田駅跡(枕崎寄りを背にして撮影)

 

時の流れに

 投稿者:待合室管理人  投稿日:2017年 5月27日(土)08時35分36秒
  春から初夏のリポートありがとうございます。南薩線跡も少しずつ変化が見られ、廃止の頃に比べると大きく変化していることに時の移ろいを感じます。幼い頃から南薩線に触れていた身からするとあの時代は本当に遠くなってしまったなあとつくづく思います。山や野の風情はそのままなのですが、あの頃の人たちが高齢になったり故人になったりと、過ぎゆく年月の無情が心に染みる年に自分もなってきたのだなあと思う今日この頃です。  

南薩線跡訪問 2017年春から初夏 その1

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 5月26日(金)06時18分2秒
   先月に引き続き、南薩へ出向きました。
駆け足ではありますが、季節の移ろいなどを中心に、ご紹介したいと思います。


第1回は北多夫施と枕崎界隈をリポートします。


 正確に言うと40日ぶりだが、山々の緑も濃くなっている。
北多夫施駅跡に隣接する芋畑越しに見る金峰山、心和む景色だと思う。
定番の個所では田圃の稲も延びていたが、何故か水の引いた状態であった。

 一気に枕崎まで移動し、駅跡の周辺を探索する。
踏切跡付近の工事は進んでいなかったが、心配なことに変わりない。
少し歩いて、越脇橋付近から枕崎駅跡方面を望む。
線路跡地に建てられた住宅に遮られ、見通しが悪くなって久しい。

 越脇橋のプレートは「鹿児島交通線」だが、金山のそれは「私鉄鹿児島交通線」と、少し異なる。
さらに北上した吹上浜近くの跨線橋は「吹上浜停車場線」と、前述のふたつとは大きく異なるのが興味をそそる。
南薩線に関しては集大成とも言える「RMライブラリー(上下巻)」にも、その辺りの記述は見当たらない。

 線路跡を埋め立てた場所の終端から先、距離にして100m弱であるが、原風景が残っている。
廃止の前年6月に水害で列車の運行は止まってしまい、加世田からの列車が途絶えて間もなく34年。
今年も既に草や笹竹に蹂躙され始めた僅かな距離の線路跡、果たして今後どうなるのであろうか。

画像説明(上から)
①北多夫施駅跡に隣接する芋畑(画面の右が加世田寄り)
②水田、そして線路跡、彼方に金峰山を望む(画面の右が加世田寄り)
③踏切跡(枕崎駅跡を背にして撮影)
④越脇橋付近から枕崎駅跡方面を望む(加世田寄りを背にして撮影)
⑤越脇橋のプレート(画面の右が加世田寄り)
⑥草や笹竹の生い茂る線路跡(枕崎寄りを背にして撮影)

 

南薩線跡訪問 2017年春・補足編 その2

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 4月15日(土)19時42分0秒
  第2回は万之瀬川河畔~万世線跡をリポートします。


 国道橋を渡り、工事個所に立ち寄る。
市道を通行止めにしてのポンプ場建設工事で、期間は今年11月までと表示されていた。
桁が取り去られた用水路の橋台も、どうやら伊集院寄りは埋め立てられるようだ。
万之瀬川橋梁の橋台も土砂が入れられ、壊されないまでも埋もれてしまう。
河岸の橋脚はどうなっているかと心配だったが、こちらは何とか残りそうでひと安心。

 工事用の道路として活用されている線路跡は僅かで、土砂が盛られて(仮置?)いる個所から先は変わらぬ風景が見られる。
加世田から薩摩万世に向けての線路跡は自転車道として整備されたが、合併前に桜が植えられた。
年月を経て桜も成長しているが、今年は開花が遅いそうだ。
実際、線路跡の両側にある桜は5分咲き程度に思えた。


今回はこれにて終了、ご覧頂きありがとうございました。

画像説明(上から)
①ポンプ場建設の工事個所(画面の左が加世田寄り)
②土砂が入れられた右側の橋台(画面の左が加世田寄り)
③この位置から対岸の橋台は見えない(加世田寄りを背にして撮影)
④河岸に残る橋脚(画面の左が加世田寄り)
⑤変わらない線路跡(伊集院寄りを背にして撮影)
⑥万世線跡(加世田寄りを背にして撮影)

 

南薩線跡訪問 2017年春・補足編 その1

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 4月13日(木)06時48分19秒
   先月に引き続き、加世田に出向きました。
今回は単純に往復したに過ぎませんが、季節の移ろいなどをご紹介したいと思います。


第1回は日置と吉利の中間辺り~万之瀬川河畔をリポートします。


 南薩にも本格的な春が来ていると思いきや、今年は桜の開花が遅いのだとか。
他所もそうだから、3月が寒かった影響であろう。
日置を過ぎて直ぐ、国道を外れて田畑の中に立ち寄る。
雨模様で、彼方の城山は霞んでいた。
植えられた麦は青々として、田圃の稲とは違った光景だ。
吉利側は田圃も耕されておらず、南薩でも田植えの時期が微妙に異なる。

 薩摩湖を過ぎ、伊作をスローして伊作川河畔に立ち寄った。
こちらは田植えも終わっており、「南薩線跡訪問 2017年春 その4(3月25日投稿分)」の画像②と比較して欲しい。
僅か1ヶ月で、草が芽吹き始めたことがお分かりいただけよう。

 広域農道に入るが、最速ルートとして通行量も多い。
北多夫施駅跡には新たに案内板が設置されていた。
阿多や加世田に置かれたそれと同じ様式で、アイキャッチとしては弱いと感じる。
永吉や吉利のそれは片面が「記念写真を撮ろう」という気にさせるデザインなのだが…。

 定番の個所は田植えも終わっていたが、彼方の金峰山は雲を被っていた。
阿多から線路跡(本線部分)を転用した道路を走る。
万之瀬川河畔から加世田側を見ると、先月短い桁が撤去された辺りに重機が見えていた。

画像説明(上から)
①麦畑の向こうが線路跡(加世田寄りを背にして撮影)
②未だ耕されていない田圃と線路跡(伊集院寄りを背にして撮影)
③水田と築堤(加世田寄りを背にして撮影)
④北多夫施駅跡の案内板(加世田寄りを背にして撮影)
⑤彼方に金峰残を望む線路跡(画面の右が加世田寄り)
⑥対岸から見た工事個所(伊集院寄りを背にして撮影)

 

南薩線跡訪問 2017年春 その5

 投稿者:hvcc  投稿日:2017年 3月28日(火)06時59分57秒
  第5回は上日置~伊集院をリポートします。
今回で終了、ご覧頂きありがとうございました。


 県道に出て、上日置駅跡に立ち寄る。
工事詰所が設けられ、重機も置かれているが、付近の工事用だ。
退避線の路盤にも草が生え始めており、春が本格化するにつれて丈も伸びることだろう。
画像②はRMライブラリー(No.108)の表紙に近いアングルを狙った。
樹木の大きさが時の経過を感じさせる。

 山道を抜け、毘沙門天近く、昨年夏に土砂崩れのあった個所に立ち寄った。
復旧されてはいるが、土壌の関係もあり、再び起きる可能性も否定できない。
伊集院の駅前工事も終盤のようだが、年度内に終わるのだろうか。
かつて南薩線が発着した線路、貨車が押し込まれていた線路は駐車場に変じている。
南薩線の痕跡は神之川河畔の築堤や橋台などに過ぎない。

画像説明(上から)
①上日置駅跡(伊集院寄りを背にして撮影)
②待避線から本線側を望む(伊集院寄りを背にして撮影)
③待避線に残る電柱(伊集院寄りを背にして撮影)
④毘沙門天付近の線路跡(伊集院寄りを背にして撮影)
⑤伊集院駅前バスロータリーの工事個所
⑥駐車場に変じて痕跡も消失

 

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