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年末年始あれこれ

 投稿者:冨本  投稿日:2017年 1月 8日(日)14時17分36秒
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     明けましておめでとうございます今年も宜しくお願い致します


1月7日は七草粥の日でした。無病息災を願い七草の朝粥を食べました。
日の出は7時08分、日の入りは5時08分で昼間がちょうど10時間、日脚が少しずつ伸びていくのが嬉しいです。

12月16日三好市辻へ妹夫婦4人で墓参りにに行ました。その足で新祖谷温泉ホテルかずら橋に
行き忘年会をしました。
途中初雪の風景に出会いました。高越山や西部の山々、讃岐山脈の頂上が雪で覆われていました。

車は雪対策をしておらず、ホテルと何回か道路状況を確認しました。朝積雪の除去をしたそうで今のところ問題ないだろうとのことでした。祖谷の奥になるにつれ積雪が多くなり心配しましたが無事たどり着くことができました。

ケ-ブルで上がった天空の露天風呂には雪が舞い込み、真っ白い山々を眼下にが眺めることが出来ました。囲炉裏を囲み、鮎の串焼き、牡丹鍋、あめごの刺身、山菜のてんぷら、祖谷そばなどなど
郷土料理を楽しみました。みんなお酒が好きなので最後の客となりました。

年末に近場を旅行しました。東京に住んでいる二男のプランです。
長男は転勤のため宮崎で最後の正月を過ごすため帰省しませんでした。

12月29日 二男家族4人は新幹線で岡山へ、マリンライナーで高松駅に着きました。
高松駅でピックアップしハイバ-リゾ-トビラ塩江で宿をとりました。
内場ダム湖畔にありワカサギ釣りと思われる小舟がたくさん出ていてとても落ち着けました。
ホテルは正月の飾り付けがされていて華やかでした。大勢の客が宿泊していました。
近場の通り道だからと見向きもしてなかったのですが夏にもう一度来たいとの話になりました。
久しぶりの機会、風呂にゆっくり浸かり、遅くまで話がはずみました。

12月30日 小豆島へ行きました。寒霞渓や銚子渓お猿の国、オリ-ブ公園、手延べそうめん館、ヤマロク醤油などを見学しました。
ホテルベイリゾ-ト小豆島で宿泊しました。眼下に瀬戸内海が迫り客船や漁船が行き来きしとてもきれいでした。
二男家族は静かな場所でゆったりするのが好きです。ここも春か夏にリピ-トしたいとの話になりました。

大晦日、紅白歌合戦やいく年くる年をみながら旅行前に準備していたおせち料理や年越しそばを食べました。元旦、風邪もひかずみんな元気に新年を迎えることができました。おめでとう、お雑煮やおせちを食べながら1年生の女の双子ちゃんにお年玉をあげました。朝食後二男達は徳島の嫁の実家へ行きました。

10月に植え付けた大根、かぶら、レタス、しん菊、水菜が大きくなり収穫しています。
エンドウも寒さに負けず育っています。2月末位に赤や白の花が咲くのを楽しみにしています。
 
 

10月あれこれ

 投稿者:冨本  投稿日:2016年10月29日(土)15時22分15秒
返信・引用
  金木犀が10月17日に1週間遅れて咲きました。
毎年秋祭りに判で押したごとく咲くのでまだかまだかと待ちわびていました。遅れたのは暖冬のせいだったのでしょうか。秋を真っ先に感じさせるので春の桜と同じように楽しみにしています。

秋祭りの当番が廻ってきました。神事の立ち合いとお神輿の担い手に13人が参加しました。
ほぼ1日お神輿を押して家々を廻り五穀豊穣、家内安全を呼びかけます。
昔からの地区は「御みこっさんじゃ!!」と呼びかけると、お神酒や祝儀をお供えしてくれ祝ってくれます。新しい地区では祭りやお神輿に余り関心が無く留守が多くほとんど顏を出してもらえません。時代の流れなので仕方がないですが昔からの伝統が失われそうで寂しくなります。。
1人に3000円入りの祝儀袋とお神酒の分け前を受け取り無事終了しほっとしています。
若者が減り担い手を探すのに苦労しています。元気なうちは参加しょうと思いますがいつまで続けられるか心配です。

宮﨑にいた長男が大阪へ転勤になり西宮市の借家に単身赴任してきました。子供達と母親は学校の
関係で3月に遅れて行く予定です。10年近く生活した宮崎は我々にとっても不便でしたが慣れ親しんだところです。住居は高速バスと電車で2時間位ぐっと近くになりました。

女房は絵が趣味です。仕事や介護で忙しい中がんばっています。
昨年から県展の洋画部門へ出品し2年連続で入選しました。今年東光展の会友に推挙されました。
百合や西洋人形をよく題材にしています。東光展の締めきりが2月ですがまだ何も決まっておらず焦っています。忙しい忙しいと言いながら某会社美術館のボランティアのト-ク(絵の説明)にも顏を出しています。止めたい辞めたいと言いながらずるずる今日までになりました。

妹夫婦と4人で直島へア-トを見に行ました。あいにく終日雨、にもかかわらず大勢の人々で賑わっていて芸術の秋を感じさせました。外人や年配の方も少々いましたが、ほとんど若者で占められていました。我々は少し場違いな感じがするなあと大笑いしました。
ある施設では3時間待ち、食堂も混み合っていました。天気であればサイクリングして楽しめたのにと残念でした。
高松駅周辺や高松港が様変わりしているのにビックリしました。もっとも10数年立ち寄ってないので当たり前かも知れませんが。

鳴門スポ-ツパ-クで硬式テニスの団体戦がありブログ友のモモさんの応援と観戦に行きました。
天気を心配しましたが当日はテニス日和でした。コ-トはカラフルなウエアで華やいでいました。遠く離れた場所から一人応援しました。黄色のウエア、黒のパンツのモモさんがさっそうと登場です。助っ人に頼まれた彼女は3-2で勝ち越し責任を果たしたそうです。スク-ル長年通っていて綺麗なフォ-ムはさすがでした。直島土産のパンプキンケ-キをプレゼントしました。

テニスと菜園とブログが主な日課です。
テニスは週に軟式2回、硬式2回を予定しています。どちらもそれぞれに楽しいです。
メンバー達とわいわいがやがや言って健康的にテニスを楽しむのが目的です。年が年だから大会に参加する気概が無いのす。やっぱり大会に出場して自分の力量を試してみたい気持ちもあります。

秋野菜を少量ずつですが植え付けました。大根、かぶら、水菜、レタス、ブロッコリー、にんにくなどです。雑草を除去し春早いエンドウやジャガイモの植え付けの準備をしています。

もう2ケ月で正月ですねなかなか実感がわきません。。


 

『夏至』

 投稿者:冨本  投稿日:2016年 6月22日(水)16時33分46秒
返信・引用
  うっとしい梅雨前線が日本の上空に停滞しています。
九州では大雨で水害や山崩れの発生が報じられています。
関東でも雨が降り続き干上がりかけたダム湖に恵みの雨となっています。

昨日21日は夏至、昼間が一番長い日でした。午前4時半から午後7時半位まで明るいのをを戸外で体験しています。
もともと田舎育ちですので子供の頃から早寝早起きが身に染みていて、会社に勤めてからもこのスタイルは変わりませんでした。退職して10数年この傾向がますます強くなってきました。
理由はテニスと畑を始めたことと加齢ですぅ(^-^;
昼間に畑やテニスの練習を目いっぱいするのでくたくたになります(>_<;
風呂に入り夕食を食べお酒を飲むとばたんきゅうです。若い人のように長くは眠れません(-_-;) 夜中に起きることも度々でパソコンしたりテレビを見たりラジオを聞いたりしています。午前3時がくればもうこちらのもの、後1時間もすれば明るくなり畑が待っています。布団から飛び出し涼しい内に畑作業、朝食が美味しいですぅ♪
夕方は暑いですが日が長いので涼しくなって壁打ちや再び畑に行くことができます。
また好きなドライブや旅行、日が沈むのが遅いと結構足を延ばすことができ前向きになります。

夏至は自分にとっては大切な折り返し点です。冬至から日脚が伸びるのを心待ちにしていました。
これから日が短くなる方向に舵が切られるわけで、嬉しくもあり寂しくもあります。

梅雨と夏の太陽で野菜が一斉に大きくなりました。なす、きゅうり、とまと、ぴ-まん、ねぎやレタスなど、毎日収穫を楽しみにしています。
薩摩芋が蔓を延ばし畑が緑の絨毯で敷き詰められたたようになりました。。



        〇 芋の蔓  茂り茂りて  夏至近し

 

ベトナム・カンボジャツア-⑦

 投稿者:冨本  投稿日:2016年 3月18日(金)06時20分8秒
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  モ-にングコ-ルが早朝5時にありました。朝日に映えるアンコ-ルワットを鑑賞するためホテルを5時半に出発しました。懐中電灯や虫よけスプレーを持参し小高い丘に上がりました。
朝が早いのと坂がきついので希望者のみとのことですがせっかくなので参加しました。沢山の人達が続々と詰めかけてきました。あいにく曇り、雲の合間に太陽が短時間顏を出しました。神々しい瞬間でした。。

ホテルに帰り朝食後世界遺産アンコ-ルトム観光に8時頃バスで出発しました。
暑くて太陽光線が強ので日焼け止めやサングラスを用意しました。

アンコ-ルトムはアンコ-ル王朝最後の栄華を誇った都市跡です。12~13世紀にジャヤヴアルマン7世が創建しました。総延長12kmにおよぶ環濠と城壁に囲まれた古代仏教遺跡群です。
南大門、バイヨン寺院、像のテラス、ライ王のテラス、タ・プロム寺院など3時間近く見学しました。アンコ-ルワットもアンコ-ルトムも広大な敷地を歩きます。乾いた土がぱっぱぱっぱと跳ね上がり靴やズボンが黄色く汚れます。高温多湿の中、寺院群を上がったり下がったりして体力を相当消耗します。グル-プのツア-客は年配の夫婦ずれがほとんどで、杖を持たれた方が4~5名いました。最後まで落後することなくテキパキと行動されるのには感心しました。

13時頃ホテルに戻り、帰国前にシャワ-浴び荷物や土産を整理しました。暑い国から寒い日本へ帰るため服装が気になるところです。15時バスでホテルを出発しました。途中オ-ルドマ-ケットに立ち寄り買い物をしました。シンタマ二ホテルでクメ-ル料理の夕食をとりシェムリアップ空港へ向かいました。

べエトナ航空 VN-0814  21:10→ホ-チミン22:10  乗継

べエトナ航空  VN-0320 ホ-チミン00:15→関西空港 07:00

8時30分高速バスに乗り高速鳴門でみんなに挨拶を交わし下車しました。
土産を入れた黒のバッグが無い! 急いでバスの座席に忘れてないかTEL確認するも無し。
どこで忘れたかぜんぜん見当がつかない。関空の拾得物係へ連絡するも3日経つが連絡ありません。最後のあがきで4日目に高速鳴門待合室に行って事情を説明した。。なんと黒のバッグが眼前に。スロッ-ピ-に忘れていたとのことでした(-_-;)

3日間旅の後味が悪かった。少しずつ買い集めた土産が出て来て本当に良かった♪
来年も世話人が海外旅行を計画してくれるとのこと。行けるかなあ。。










南大門、バイヨン、バブ-オーン

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ベトナム・カンボジャツア-⑥

 投稿者:冨本  投稿日:2016年 3月15日(火)05時54分7秒
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  シエムリアップのホテルで朝食をとり午前8時バスでアンコ-ル遺跡群観光に出発しました。
天気は晴れ暑くなりそうです。

カンボジャについて少し触れておきます。ベトナム、ラオス、タイ3国に囲まれ一部海に接しています。年間を通じ高温多湿です。3~5月が気温が最も高くなり40℃を越えます。11~1月は平均気温25℃で過ごし易いそうです。1日1~2時間ほどスコ‐ルがありその後は晴天に戻ります。貨幣単位はリエルです。1USドルは約4000リエル、100リエルは3円です。USドルが使用できます。首都はプノンペン、シェムリアップはアンコ-ル遺跡群巡りの拠点となる街です。

世界遺産アンコ-ルワットを見学しました。1960年フランスの博物学者が熱帯雨林の中にアンコ-ルワットを発見したそうです。9-13世紀インドシナ半島で栄えたアンコ-ル王朝時代に建てられた宗教建築で、その荘厳さと歴史の重みに圧倒されました。。近くの森林は伐採が進み観光開発に力がいれられています。遺跡群の拝観料は一人40ドルでフリ-パスの証明書を首に掛けています。世界各国からの観光客、その収入は大きな財産となりそうです。。

プレル-プ遺跡から夕日の観賞をしました。あいにくの曇り空サンセットに巡り合えませんでした。あきらめ早めに下山しましたが、高台に多くの人が陣取りその時を待っていました。

夕食は古典舞踊”アプサラダンス”のディナーショ-でした。広大な会場は多くの人達でひしめきあっていました。われわれ一行が4年前にバリ島で観た光景を思い出しました。
美しい踊りを見ながらバイキングとお酒に楽しい一夜を過ごしました。昨日と同じエンプレスアンコ-ルホテルに宿泊しました。

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ベトナム・カンボジャツア-⑤

 投稿者:冨本  投稿日:2016年 3月14日(月)12時47分4秒
返信・引用
  ホテルで朝食後ミト-観光へ。
ミト-はメコンデルタ地帯の一角をなす港町でメコンクル-ズツア-の拠点です。
メコン川河口周辺をゆっくりクル-ズしました。中州のタイソン島に上陸しミニジャングルクル-ズも楽しみました。南国フル-ツ8種類が振る舞われ、エレファントフィッシュ等のミ-ト地方料理を堪能しました。昔、地理で習ったメコン川に接することが出来ました。遥かに遠くへ来たもんだと思いました。。

午後からホ-チミン市内観光です。
もともとサイゴン市と言われていて我々にとってはこの呼び名が懐かしいです。
新しい街名が生まれたのは南北戦争が終結した1976年です。ベトナム社会主義共和国が建国され初代大統領だったホ-・チ・ミンの名前をを記念して改名されました。
街が垢抜けしているのは1859年から始まるフランスの統治時代に遡ります。フレンチコロニアル風の建物や放射線状に広がる整然とした道路はこの時代に築かれたものらしいです。

統一会堂を見学しました。旧南ベトナム大統領官邸後で執務室、会議室、資料室、食堂などなど贅をつくした構えになっています。その当時の色々な記録が展示されています。サイゴンの発展はアメリカ軍の駐在無しでは考えられません。歴史的には枯れ葉作戦など功罪あいまみえるところがあると思われますが。。

ベトナムの首都ハノイは中華人民共和国とすぐ隣合わせに対峙します。長い海岸線も中国からの脅威にさらされています。今大国の覇権主義が問題になっています。大国を意識するなら共存共栄をまず念頭に置くべきだと思いました。

サイゴン大教会(聖母マリア大教会)を見学しました。19世紀に建てられた赤レンガ作りの優美な教会です。中央郵便局はフランス統治時代(19世紀)に建てられた重要な建築文化財です。ベンタイン市場はサイゴンの台所、日常のあらゆるものが売られています。豚とか鶏とか魚等が高々と積み上げられ異臭と同時にハエが飛び交います。逞しい生活ぶりに感心しました。
西洋ナイズされたホ-チミン市、経済の発展に拍車がかかっているように思われました。

ホ-チミン空港からカンボジャ/シェムリアップ空港に向かいます。
VN-0815  19:50→20:50  珍しくビザが必要です。
バスで160km走り23時前 エンプレス アンコ-ル ホテルに着きました。ルームサ-ビスの軽食クイティウ麺が配ばられてきました。味が薄く口に会わず食べられませんでした。





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ベトナム・カンボジャツア-④

 投稿者:冨本  投稿日:2016年 3月13日(日)10時20分37秒
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  昨夜は穏やかな海上の船中泊、何もかも忘れゆっくり熟睡できました。
朝7時過ぎ周りが明るくなりカ-テンを開けました。霧が立ち込め島々がシルエット様の眺めで昨日とは雰囲気が異なっていました。
雨具などの用意が必要な空模様です。朝食を船内で済ませライフジャケットを着けて浮桟橋で手漕きの小舟に乗り替えました。われわれ5人と添乗員6名が乗りました。周りには小舟が行き交い目的地に向かい競います。若い可愛い女性の船頭です。負けるな負けるなと声援を送りました。。とみ~さんは若い子がいるといつも元気になると嫌味言われました(笑)

これから洞窟に入ります。多くの人達で混み合っています。全長9km、最大高240mの洞窟は物凄く大きい空間です。秋吉台とか龍河洞などとはぜんぜんイメ-ジ異なりました。
2009年イギリス調査隊が本格調査して有名になったようです。鍾乳洞の中で水に溶けたカルシュ-ム炭酸塩が天井から雨滴となり落ち、蒸発や沈着を繰り返しながらつらら状に成長したものや雨滴が地表に落下しそこから上に伸びた石筍の鍾乳石もあります。悠久の時が作った宝物です。上下に左右に蛇行しながら進みます。開かれた空間にいろいろな形の鍾乳石が見られ、カラフルにライトアップされとても幻想的でした。

12時前下船、昼食は船中でした。ハノイでショッピングです。ハノイ空港発 VN-0255 17:55 ホーチミン着 20:05 に乗りました。
ホーチミン空港は35℃暑いです。ネオンが輝きなにもかも生き生きしたように見えました。
夕食は名店「ル・コルドンブル-」にてベトナム風フレンチでした。
バスで190km走り22:30過ぎホーチミン市内のエクアトリアルホテルに到着しました。


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ベトナム・カンボジャツア-③

 投稿者:冨本  投稿日:2016年 3月11日(金)14時05分38秒
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  ホテルにて朝食後、10時30分ごろゆっくり出発しました。ホンガイ地区観光で龍天寺やハロン市場を見学しました。
世界遺産ハロン湾1泊2日クル-ズのイメ-ジハロン号に12時30分頃乗船しました。
部屋は2人1室で2つのベッドと机、椅子、浴槽、トイレがありました。船の喫水は浅く海面に届きそうでした。静かな海面を時間をかけゆっくり進みます。太古の昔龍が舞い降りたと言われるハロン湾は素晴らしい眺めでした。石灰岩が生み出したお椀を伏せたような島々が無数に連なり龍のように見えることからその名がついたと言われています。1994年に世界遺産に登録されました。無数の島々とそれを囲むカラフルな遊覧船は壮観で何度もシャッタ-を切りました。船が停止したり徐行すると土産売りの小舟が近ずいて来ます。ビ-ルや飲み物やお菓子などを柄の長い網玉に入れ処理します。お金やおつりも同様にやりとりしていました。

昼食、夕食は船内2階のビユッフェです。新鮮な魚介類を中心にしたベトナム料理でした。
パパイヤのサラダ、生春巻き、空芯菜のニンニク炒め、ベトナム風お好み焼き、白身魚のス-プ、フォ-・ボ-(米粉から作る生麺に牛肉ス-プ)、海鮮チャ-ハン、フル-ツの盛り合わせなどなどでした。ベトナムビ-ルで乾杯しワインやウイスキーの水割りを飲みました。
船がホテル代わり、何処へも移動しなくて済むのが助かります。ハロン湾の夕日を見て満天の星空を見て寝ることにしました。


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ベトナム・カンボジャツア-②

 投稿者:冨本  投稿日:2016年 3月11日(金)10時20分59秒
返信・引用
  アオザイを着た乗務員の登場です。われわれ5人は後方中央の席に座りました。ほぼ満席です。
ベトナム料理の機内食が配られました。朝が早かったので空腹です。味付けが中華料理に近く美味しかったです。旅の恥は掛け捨て、ビ-ルやワインをもらった後、厚かましくもミニチアジョ二黒1人3本もらいました。いい気持ちで空の旅を過ごしました。

ベトナムについて整理してみます。
インドシナ戦争(1946-1954)に勝利しフランスの植民地から解放され、ベトナム共和国を樹立しました。(首都ハノイ)
南北ベトナム戦争(1962-1975)が勃発しました。北ベトナムはソ連や中国が後ろ盾です。共産主義から南ベトナムを守るためアメリカが南に加担し軍事介入しました。
この時有名になったのがベトコンとか枯れ葉作戦でした。ベトコンが潜む森林を枯らし、食料を奪い一網打尽にする作戦でした。ベトコンの根強い抵抗にあいアメリカ軍は撤退を余儀なくされました。
ダイオキシン系薬剤の大規模空中散布は国土を焦土化するとともにたくさんの奇形児が生まれる原因になりました。
1975年南ベトナムの首都サイゴンが陥落しホ-チミン市(ベトナム共産党指導者の名)に改名されました。
このホ-チミン市はベトナム経済の中心地になり繁栄を遂げています。
ここにテ-マとしてあがっているベトナム2都物語とは北のハノイと南のホ-チミン(サイゴン)
です。
南北ベトナム戦争はケネディ大統領時代の遠い昔の話です。記憶をたどりながら現地を訪れる事が出来良かったと思いました。

あこがれのハノイ空港に着きました。北に位置するため気温は15℃位で比較的涼しかったです。空港は地味で社会主義的な雰囲気がたくさんの国旗掲揚に見られました。
ホ-チミン廟、ホアンキエム湖、ベトナム最古の大学跡や旧市街を見物しました。
夕食は海鮮鍋料理で盛り上がりました。カニとかイカとかエビとか貝などがふんだんに使用され味付けが日本鍋そのものでした。ピリ辛の調味料が嬉しいです。230km一走りしてサイゴンハロンホテルに21時頃着きました。

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ベトナム・カンボジャツア-①

 投稿者:冨本  投稿日:2016年 3月 9日(水)11時41分5秒
返信・引用
  飲み会のメンバー5人で世界遺産のハロン湾やアンコ-ワット等に行きました。
飲み会の席で半年以上前からあたためてきた企画です

「感動のアンコ-ルワットと憧れのベトナム2都物語7日間」との長々しいテーマがついていてトラピックが企画した22名のツア-に合流させてもらいました。2月22日(月)出発の2月28日(日)帰国予定です。

2月22日(月)高速鳴門AM5:10に出発。辺りは真っ暗で寒い。遅れたら大変と思いながらも昨夜は熟睡することが出来ました。関空行のバスが10分遅れて到着しました。こんな早い時間帯は我々メンバーだけかと思いきやほぼ満席の状態でした。多くは若者達で寸暇を惜しんで海外旅行を楽しんでいるのだなあと思いました。

関空に着き円をドルに交換しました。少額ドルが便利ということで1、5、10、20ドル等3万円位相当を交換しました。買い物は苦手なので国内で一部購入しておりました。
最初の入国地はベトナム/ハノイ です。通過単位はドン。1万ドン=55円、1USドル=21500ドン こんな単位とても頭が回らない(笑)安いのやら高いのやらわからない。ますます買い物が厭になる(>_<)幸いにもドルで買い物が出来るらしくほっとしたしだいです。

冬服をボストンバッグにしまい夏用の旅装に切り替えました。ハノイは北部で20℃位が予想されます。南部のホ-チミン市は35℃の真夏です。これで大きなトランクを預けホットしました。

関空4階出発ロビ-で添乗員と合流しました。賢くて、テキパキしていて、人をそらさない、明るい美人の女性でうってつけの職業のように思えました。子供もご主人もいるそうです。
少し高くなりますが添乗員が日本から同行してくれるのははんとうに心強いです。

われわれ一行はVN-0331 10:30発 現地ハノイには14:05 到着予定 5時間のフライトです。
ベトナム航空は初めてで楽しみです。時差-2時間です。








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